
頭皮に残った最後の剃りのこしを短刀で剃り終えると、ハルグリンは刃についた毛髪と血をぬぐって短刀をしまった。みずから髪を剃り落としたのだ。頭頂部にわずかに残った畝状の髪が、まるでとさかのようだ。ハルグリンは諸肌脱ぎになり、頭を垂れた。スレイヤーの誓いをどんな言葉でなせばよいのか判らない。自分がスレイヤーになるとは考えたこともなかった。このうえは、不完全な誓いの言葉から神がその意をくみ取って、誓いを聞き入れてくださることを祈るばかりだ。
「大祖神グリムニルよ、武勇の父よ。我が恥辱、みずから犯したる過ちにより、我は見いだしうる最強の敵手に立ち向かい、討ち死になすことを御身に誓う。願わくば、我が死にざまを照覧のうえで我が罪を贖いたまい、御身の殿堂に迎え入れたまわんことを」
誓いを終えてハルグリンは立ち上がり、先祖伝来の斧と、エールシューン・スタウトガットから譲られた斧を拾い上げた。死を追い求める覚悟はできたが、そこでふと両手の武器を見やった。目に浮かぶ光景があった。倒した敵の山の上で、両手に斧を握った自分の姿だ。それは栄えある光景だが、どこか間違っている。この二振りの斧は、彼の傲慢の象徴なのだ。その傲慢が、オルニール・アイアンホールや仲間全員の死を招いた。この二振りの斧は、彼の恥辱の名残だった。携えていくことはできない。
ハルグリンはオルニールの遺体に目をむけた。ゴブリンに殺された場所で、そのまま横たわっている。だらりと伸びた手には、質素な採掘用ハンマーが握られている。なすべきことが、ハルグリンにはわかった。
肩に打ちつける雨のなか、ハルグリンはテント前の冷たく固い地面を、先祖伝来の斧で掘り進めた。やがて刃が鈍ってくると、エールシューンの斧に持ち替えて、ドワーフをひとり横たえるに十分な広さの穴になるまで続けた。
穴が肩ほどの深さになったところで、野営地に近づいて来る者たちの声が聞こえた。ハルグリンは身を屈めた。オークどもが戻ってきたのか?いや、あれはドワーフの声だ。
「死んでおる」誰かの声。「皆殺しだ」
「下劣な、緑色のけだものどもが」別の声。
「いったい何が起こったんだよ?」と3人目の声。
どの声にも聞き覚えがあった――カラク=ヒルン出身のアイアンブレイカーであるグルンディ・ダビルソンとザリ・ブラガルソンの2人に、老齢のエンジニア、カザキン・フォージボーンだ。3人ともセイン・レッドヘルムの隊にいた者たちだった。ハルグリンは立ち上がり、墓穴から這い出た。
「俺のせいだ、俺が見張りの最中に居眠りをしたせいで、グリーンスキンどもを見逃してしまったんだ」
ドワーフたちは驚きもあらわに、ハルグリンをまじまじと見た。3人とも傷だらけで、泥まみれだ。白鬚のエンジニア、カザキンはラッパ銃を杖代わりにしている。
「あんたら、生きてたんだな。どうやって逃げ延びたんだ?」ハルグリンは尋ねた。
「オークどもに川に落とされての」カザキンが答えた。「あっという間に川水に流されてしもうた。歩いて戻るのに今までかかったわい」ハルグリンの剃りたての頭をみてうなずく。「髪を剃り落としたのだな」
ハルグリンは気まずそうに、剃った頭に手で触れた。「自分がしでかしたことを償うために、誓いを立てた。俺は戦いの中で死ぬ」
グルンディはハルグリンよりも頭半分ほど背が高く、筋肉の塊のような男だ。背中からハンマーを引き抜くと、赤鬚ごしに唸った。「いかにも。おまえは、今ここで死ぬ」
ザリもうなずいて斧を引き抜き、黒い眉根を寄せた。「貴様はスレイヤーの最期を迎えるに値しないな」
「よさぬか、小僧ども」カザキンが制止した。「グリムニルに誓いを立てたスレイヤーは、誰にも止められるものではない」
「こんなやつをグリムニルが受け入れるものか」グルンディがあざ笑った。
「グリムニルは何者をも拒みはせぬのだ」カザキンが答えた。「どうあれ、死体よりは生きているほうが有用だろうて。仕事をやり遂げるにはこやつも必要だ」
「仕事をやり遂げるだって?」グルンディはエンジニアのほうに向き直った。「どうやってだ?生き残ったのはたったの4人だし、"臭ぇ牙"の手下どもに火薬はもって行かれちまった」
「こうして話しているあいだにも、やつらはルッゴに届けようと運んでるに違いない」そういってから、ザリは笑った。「そのまま持たせておくのはどうだい。きっと自爆して、俺たちも面倒から解放されるぞ」
カザキンはかぶりを振った。「かように目の悪い博打ができるか。火薬を取り戻し、橋を爆破せねばならぬ」
「だがどうやって?」グルンディが尋ねる。「俺たち4人だけで、いったいどうやって大勢のオークとゴブリンから火薬を積んだ荷馬車を取り戻すんだ?」
カザキンはハルグリンのほうを向いて、冷たい目つきで言った。「わしらのスレイヤーがやってくれよう。もしくは、やろうとして死ぬであろう」
ハルグリンはオルニールの遺体を墓のなかに降ろし、二振りの年古りた美しい斧を、友の胸のうえに重ね合わせて置いた。
「グルングニが殿堂におまえを温かく迎え入れてくれることを、オルニール・アイアンホール」そう言って頭を垂れた。
他の3人が略奪された野営地からわずかばかりの物資をかき集めるあいだ、ハルグリンは墓穴を埋めて、オルニールの使い古しの採掘用ハンマーを手に取った。ハンマーを手にして、盛り上がった土のうえ立つ。「おまえの墓に賭けて誓うぞ。おまえの命を奪うことになった俺の強欲に対する償いとして、俺は最期の時までこの簡素なハンマーだけを武器に戦うと」
小ハルグリンは低い丘の頂上で腹ばいになり、グルンディ、ザリ、老カザキンとともに、谷底にの下に設営されたグリーンスキンの野営地を見下ろしていた。セイン・レッドヘルムのレンジャーたちが虐殺された次の日の暮れ方のことだ。彼らは一日中オーク勢を追跡し、ここで追いついた。そこは岩の転がる荒れた丘陵地で、刃風渓谷から北へほんの1、2時間ほど行ったところだった。
「まずは一安心といったところかの」野営地を指さしてカザキンが言った。「やつらは火薬を積んだ荷馬車を捕獲したが、どうにか自爆はせずにいてくれたようだ」
「そうだな」とグルンディ。「だがやつらからこっそり奪い返すのは簡単にはいきそうにないぜ」
ハルグリンはその言葉を聞いて納得した。オークどもは低木の茂った森のわきにテントを張っており、荷馬車は木々のすぐ近くに、ポニーたちと一緒に停められていた。荷馬車を奪い返すためには、野営地の端から端まで駆け抜けねばならないし、ハルグリンが目で勘定しただけでも15体の大柄なオークがたき火を囲んで何かを喰らっているうえに、少なくともその2倍の数のゴブリンが、まわりでうろちょろしていたのだ。
「森を抜けていくしかあるまいて」カザキンが白い口ひげを噛みながら言った。「そして荷馬車で駆け抜ける。風のようにだ」
「そいつは無理ってもんだ」ザリが反論した。「ポニーの向きを変えているうちに、連中に襲われるだろうよ」
カザキンが頬をゆるめた。「そこで我らがスレイヤー殿の出番となるわけだ。別の方向へと降りてもらい、できるかぎりのオークを倒し、騒ぎを起こしてもらう。できるな?」
ハルグリンはうなずいた。「ああ。やるとも」
「居眠りしなければな」グルンディが冷やかした。
「そこまでにしておけ」ハルグリンが拳を固めると、カザキンが言った。「敵意はグリーンスキンどものために取っておけ」カザキンは頂上からじりじりと退いた。「月が沈むまで待とう。やつらがもう少し寝るまで待って、それから――」
背後から近づいてくる地鳴りのような蹄音にカザキンの言葉が遮られた。ハルグリンたちは振り向いて、すぐさま左右に飛び退いた。巨大な軍馬が一行の間を駆け抜け、オークの野営地目指して丘を越えようとしていた。つぎはぎの胴衣とへこんだ甲冑を着た男が、前屈みの姿勢で軍馬にまたがり、剣と盾を構えていた。
「この野郎!」グルンディが大声をあげた。「前を見て走りやがれ!」
「よさぬか、たわけが!」カザキンがとげとげしくささやいた。「落ち着くのだ!」
丘の頂上あたりで騎士が振り返り、驚いた様子で手綱を引いて馬を止め、馬頭をめぐらした。「これはこれは、高潔なるドワーフ諸君」そういいながら速歩で戻ってくる。「諸君のお姿が見えなかったもので」
「言ってのけるな」ザリが唸った。
「おぬしは何者だ?」カザキンが問うた。「何をするつもりなのだ?」

騎士は長身で年若い人間だった。明朗な顔立ちに熱意のこもった青い目をしている。若者は剣をぐるりと回して切っ先を後ろに自分の肩に載せた。「わたしはバーガード・ウェント、太陽騎士団の見習い騎士。あの蛮族の頭目に、一騎打ちを申し込むところです」
「おまえ、気は確かか?」グルンディが声に出して笑った。「あの古狸の"臭ぇ牙"が一騎打ちなんぞ受けるものか」
「まったくだよ」ザリが同意した。「おまえさんがガントレットを脱ぎ捨てもしないうちに、やつの手下の手でシチュー鍋に放り込まれるだろうよ」
ウェントが顔をしかめた。「そのような勝ち方をしても名誉にはならぬだろうに」
グルンディとザリが顔を見交わして目をくるりと回した。しかしカザキンは、進み出て問いかけた。
「名誉を求めるのか、騎士どの?」
「いかにも」ウェントが答える。「ミュルミディアの祭壇にむかって誓いを立てたのです。騎士にふさわしい3つの手柄を立てるまで、我が神殿には戻らぬと」
「それはちょうどよい」とカザキン。「お望みの、騎士の手柄が立てられますぞ」
ウェントが輝かしく微笑んだ。「かたじけない、ドワーフ殿。それで、何をすればよいのですか」
カザキンたちに連れられてオークの野営地から遠ざかっていく騎士を、ハルグリンは睨みつけた。騎士は3人から、荷馬車と火薬、それに橋について説明を受けている。カザキンが騎士ウェントに何を提案するつもりかはわかっていたし、それがどうにも気にくわなかった。ハルグリンは死を望んでいるのだ。誰の助けも必要ない。馬鹿な人間(manling)など足手まといにしかならないのだ。
「さて」5時間後、カザキンが切り出した「そろそろだ」
一行は丘の頂上に戻って、もう一度オークの野営地を見下ろした。月は少し前に西の丘の向こうに沈んだところで、ただ星明かりと、グリーンスキンの消えかかったたき火だけが野営地を照らしている。
カザキンはハルグリンとウェントを指さした。「おぬしたち2人は野営地のテント群の背後に下り、合図を待つのだ。合図が聞こえたら、盛大に暴れていただきたい。敵がおぬしたちに気を取られている隙に、わしたちは荷馬車に急行して、できるだけ速く脱出する」
「それは結構」とウェント。「それで、事が済んだらどこで落ち合いましょう?」
ドワーフたちは目をぱちくりさせてウェントを見つめた。
「その後なんてないだろうさ」ハルグリンが答えた。「俺たちにはな」
ウェントの顔から笑みが消えていく。「それでは、生きて3つの手柄を立てられないではありませんか」
「おぬしたちは5,000ものグリーンスキンの進軍を止めることになる」とカザキン。「数え切れぬほどの命がそのおかげで救われるのだ。この一度で3回ぶんに値するとも」
ウェントはしばしためらい、そしてうなずいた。「なるほど。気高い目的のためには大きな犠牲がつきもの。よくわかりました。ミュルミディアの御名にかけて、やらせていただきます」
「それでいい」とカザキン。「さあ仕事にかかろう――」
そこに女の声が割って入った。「あなた方は、セイン・レッドヘルム率いるドワーフ・レンジャー隊の方々ではありませんか?」
ハルグリンたちは驚いてあたりを見回した。黒ずくめで、ロングボウ(長弓)を背中にかけた痩せぎすな人影が物陰から現れた。黒いスカーフを引き下ろすと、エルフ特有のアーモンド型の目と、骨張った顔が見えた。これほど醜い女がいるだろうかとハルグリンは思った。ところがウェントは、スレッジハンマーで眉間を打たれた雄牛のように、エルフ女に見入っている。

「我らはレッドヘルムに仕えるドワーフだとも、女エルフよ」カザキンは用心ぶかく答えた。「おぬしは何者だ?」
「リーンフェル・シルバースウィフト、エクルンド要塞の斥候係」女が答えた。「グリーンスキンの軍勢を見つけて、南から来た。どうして刃風橋はまだ残っているの?爆破されたと思っていたのに。それに、あなた方の部隊はどこに?」
女の横柄な口調に、ハルグリンはいらいらした。ほかの仲間もそうだ――ウェント以外は。この騎士はまだ牛のような目で彼女を見ている。
「俺たちがその部隊だ」グルンディが答え、ぎろりとハルグリンをひと睨みした。「残りはオークに殺されてしまった。寝てるあいだにな」
「そして、橋を爆破するための火薬はオークどもに奪われた」丘の向こうを指さしてカザキンが言った。「取り戻さない限り任務は全うできない」
エルフ女の目が鋭くなる。「あのオークたちに攻撃を仕掛けるの?わずか5人で?」
「選択の余地はないんだ」グルンディが不服げにうなった。
「大きな犠牲を強いられることでしょう、ご婦人」とウェント。「幾千もの命を救う気高い行為なのです」
リーンフェルはウェントを無視して、肩越しにふり返って北を見やった。「エクルンドのログラムの元にできるだけ早く戻って、グリーンスキンの数を報告しなければならないの。寄り道している暇はないのよ」
ドワーフたちは望ましくない展開に、互いの顔を見合わせた。
「なら、とっとと行けよ?」願いを込めてザリが言った。
「でも、橋を爆破しなきゃならないでしょう」ザリの発言がなかったかのようにリーンフェルは続けた。「あなた方に失敗は許されない」彼女はドワーフたちに向き直り、表情を引き締めた。「あなた方と同行します」
「おぬしの手をわずらわせるまでもない」とカザキン。
「命令に背いちゃいかんだろ」グルンディがぶつぶつと言った。
「お気遣いに感謝するわ、みなさん。でもね、やるしかないのよ。橋を爆破できるまで共に戦うわ」
「ご一緒していただけるとは光栄です、ご婦人」とウェント。
ハルグリンも、他のドワーフたちも不満の声を上げた。
リーンフェルが彼らのただ中にしゃがみ込んだ。「さあ、計画を聞かせてちょうだい」
カザリンがため息をついた。「よかろう、説明してつかわそう」
それからしばらくして、ハルグリンとウェントはグリーンスキンのテント群へと肘で這って進んでいった。オークが騒々しくいびきをかき、ゴブリンの見張り数名が消えかけたたき火を囲んだまま身じろぎをしていることを除けば、野営地はひっそりと静まりかえっていた。
「何という高潔な女性(にょしょう)でありましょう、あのレディ・リーンフェルというお方は」ウェントがつぶやいた。「ご自分の命と使命まで危険にさらして、我らの手助けをしてくださるのです。まこと、あのように美しく、高潔な女性をお見かけしたことは、いまだかつて――」
「黙れ」ハルグリンは声に怒りをにじませた。「オークどもに聞かれたいのか?人間どもは、どうしてエルフなどに心奪われるのだ?」
ウェントは前方の野営地を見上げて、それからまた体を低くした。「失礼しました」とささやき声で言う。「賞賛の念をどうにも抑えかねまして――」
「シーッ!」
ウェントはぶつくさ言ったが、じきに黙った。
2人は、一張りの汚らしいテントの裏手にたどり着いた。ハルグリンは上体を起こして膝をつき、ハンマーを構えた。ウェントも剣を抜いている。あとはカザキンからの、よい位置についたという合図を待つばかりだ。
ハルグリンは凄みのある笑みを浮かべた。グリーンスキンのやつらめ、自業自得というものだ。やつらは寝入っていたセイン・レッドヘルムとその部隊を襲撃した。その復讐として、これ以上の状況はない。もちろん、ドワーフたちの虐殺を招いた張本人は、オークやゴブリンではない。だが今夜、ハルグリンはグリーンスキンどもをできるかぎり倒すつもりだった。軽蔑すべき愚か者、ハルグリン・ガスタグソンはここで死を迎えるだろう。そしてようやく、己の頑固で欲深い性格が引き起こした怠慢と過失とを償うことができるのだ。ハルグリンは戦いが待ち遠しくてならなかった。
合図があった――熊鷹の荒々しい鳴き声だ。ハルグリンの心臓が激しく鳴った。彼は立ち上がった。ウェントも短いミュルミディアへの祈りをつぶやきながら立ち上がる。
「騎士よ」ハルグリンが切り出した。「さあ、入り口を開けるぞ」
「いいでしょう」ウェントが応じた。
騎士見習いがテントのなめし皮を一刀のもとに切り裂いた。ハルグリンは足音を殺して切れ目から中に忍び込み、あたりを見回した。3体のオークが眠っている。ハルグリンはオルニールのハンマーを振りかぶり、手近なオークの頭蓋骨を打ち砕いた。オークには目を開ける暇もなかった。2体目がいぶかしむようにうめいたが、ハルグリンは返す刀のひと振りでそいつの顔面を粉砕した。3体目は死にものぐるいで起き上がり、自分の大ナタ(cleaver)を探したが、ウェントが飛びかかってそいつの首を刃で貫いた。あたりは一面血の池だ。ハルグリンはうなずいた。音もたてずに3体のオークを倒したのだ。だが、気づかれずに戦っていられるのもここまでだった。
「準備はいいか、騎士よ?」ハルグリンは尋ねた。
ウェントが険しい表情でうなずいた。
2人は出入り口の垂れ布まで進み、深呼吸をすると、声を限りに叫びつつ、たき火目指して駆け出した。
「レッドヘルムとエクルンドのために!」ハルグリンが大音声を響かせた。
「ミュルミディアとエンパイアの御為に!」ウェントも叫んだ。
たき火のまわりで眠りこけていたゴブリンどもが跳ね起きて、驚きの悲鳴をあげながら槍や短刀をひっつかんだ。しかしハルグリンとウェントはすでにゴブリンどものただ中にあり、やつらの頭を叩きのめし、胸や腕を両断していた。瞬く間に6体ほどが息絶え、それ以上の数が悲鳴を上げて暗闇に逃げ込んだ。

しかし、残りの連中は素早く状況に対応し、次の瞬間にはハルグリンと見習い騎士は、命がけで戦うことになった。まわりのテントからは、何事かと尋ねる怒声がが漏れ聞こえてくる。
「出てこい、グリーンスキンの臆病者どもめ!」ハルグリンが叫んだ。「ぶっ殺してやる!」
あちこちで眠たげな目をしたオークがテントから首を突き出し、何の騒ぎかと目をぱちくりさせた。それから雄叫びを上げて飛び出し、ハルグリンとウェントめがけて突進してきた。オークどもはみな、斧や大ナタを高く構えている。敵が押し寄せてくるのを待つあいだ、ハルグリンは火薬の積まれた荷馬車にちらりと目を向けた。カザキンがポニーを縛っている縄を切り、グルンディが後ろの樽に乗って、ザリが御者席について手綱を握っているのを見て、ハルグリンは安心した。
すると、巨大な大ナタを振り回す大柄なオークに視界が遮られた。ハルグリンが横に飛び退くと、オークの重たい刃物はゴブリンをまっぷたつにした。別のオークが左手にぬっと現われ、棍棒で殴りかかってくる。ハルグリンは身を屈めてそれをかわし、反撃した。傍らでは、ウェントが肩当てに斧を受けてよろめいていた。ウェントは体勢を立て直したが、ゴブリンが握った短刀で深い傷を負った。
ハルグリンは悪態をついた。死ぬ覚悟ならできているが、仲間たちが火薬を載せた荷馬車で脱出するのをこの目で見てからの方が、グリムリルの殿堂に行くにしても気分がいいだろう。
別のオークが、斧を振り回して迫ってきた。ハルグリンはそれをハンマーで受け止め、前述のオークがふるう棍棒もかわしはしたが、最初のオークの大ナタが真っ正面から迫ってくる。どうにも避けようがない。
エルフの矢が、大ナタを握ったオークの眼窩に突き立った。そいつはよろめいて胴間声をあげ、大ナタの一撃は横にそれた。ハルグリンは前に踏み込んでオークの膝頭を打ち砕き、そいつはゴブリンの群れのなかに倒れた。次の矢が棍棒をもったオークの首に突き刺さる。ウェントの相手も同じく射貫かれ、騎士はオークどもを切り伏せた。オークどもは吠え、顔や胸をかきむしった。
ハルグリンはエルフに感謝することには気が進まなかったが、今回ばかりはリーンフェルが使命達成に一役買ったことを認めざるを得なかった。荷馬車はまだ野営地でごとごと揺れており、なかなか速度が上がらない。オークどもはハルグリンとウェントさえ倒したなら、ふり返って荷馬車に気づくことだろう。
そのときだった。ハルグリンとウェントが次に押しよせてきたグリーンスキンの波に立ち向かっていたところ、"臭ぇ牙"の醜い、欠けた牙の生えた頭が、一番大きなテントから突き出され、あたりを見回したのだ。ハルグリンは挑戦の雄叫びをあげ、"臭ぇ牙"のロットムングの注意を引こうとしたが、それがまずかった。荷馬車が出ていこうとしていることに、族長(ウォーボス)"臭ぇ牙の"ロットムングが気づいてしまったのだ。族長は吼え猛り、荷馬車を指さした。
オークもゴブリンも後ろをふり向き、ハルグリンとウェントはその隙に乗じることにした。近くにいる敵から切りつけ、叩きつけたが、残りのグリーンスキンは隊列を乱して、荷馬車めがけて走り出した。
「追いかけるぞ、騎士よ!」ハルグリンは呼びかけた。
2人はグリーンスキンを追いかけた。遅れたやつを斬り伏せていく。リーンフェルの矢がうなりを上げて頭上を飛び、さらに何体かを倒した。群れなす敵の向こうで、ザリがポニーの頭に鞭を飛ばしているのがハルグリンには見えた。荷馬車は速度を増して、野営地のはじをガタガタと進んでいくが、そこで不幸が起きた!
最後のテントを回り込んだところで、右後輪が思わぬ大石にぶつかったのだ。荷馬車が急停止し、ポニーたちは後ろ足で立ち上がっていなないき、ドワーフたちは前方に吹っ飛ばされた。人間の作った車輪なら木っ端みじんになるところだが、さすがはドワーフ製、壊れはしなかった。だが、荷馬車は動けなくなり、グリーンスキンどもがみるみる馬車に近づいていく。
「行くぞ、騎士よ!」ハルグリンはしゃがれ声で叫んだ。「急げ!」
荷馬車では、ドワーフたちが応戦の構えをとりつつあった。カザキンは御者台で膝をついて、押し寄せるグリーンスキンどもに向かって、前込め式のラッパ銃に込めた小石をぶっ放していた。いっぽうグルンディとザリは、樽の上に立って、斧を構えていた。
まずはゴブリンどもが押し寄せてくる。荷馬車によじ登ろうとするやつらを2人のアイアンブレイカーが叩き斬り、エンジニアのカザキンがラッパ銃の台尻で殴りつける。つづいてオークどもが殺到し、先陣を切ったオークが斧のひと振りでグルンディとザリを両断するかに見えたが、2人はひょいと身をかがめて切っ先をかわし、逆に相手を斬り倒した。
「まっすぐ突っ切るぞ!」ハルグリンはウェントに向けて叫んだ。
2人はグリーンスキンの群れに突っ込み、ゴブリンを滅多斬りにし、オークの背骨や脚を砕いて進んだ。ハルグリンは足をゆるめもせずに荷馬車へと突き進み、そのすぐ後にウェントがつづき、オーク勢を次々に倒していった。
「カザキンじいさん、ポニーに鞭を入れろ!」ハルグリンは声を張り上げ、身をかがめて荷台の下に潜り込み、車軸に肩を当てた。「力を貸せ、人っ子!さあ、押すぞ!」
「荷馬車を押すなど、騎士のすることではない」ウェントは、グルンディとザリに加勢してグリーンスキンを撃退すべく戦っていた。「わたしは戦わねばなりません!」
「馬鹿もん、英雄の仕事だぞ!」グルンディが怒鳴った。
「潜り込めよ」ザリの答えも辛辣だった。「敵は俺たちが食い止めるから!」
「わかりましたよ」見習い騎士はしぶしぶと答え、戦いの喧噪があたりを圧するなか、腹ばいで潜り込んでハルグリンと肩を並べた。
カザキンの鞭がピシャリと鳴り、ポニーたちが懸命に踏ん張り、荷馬車はじりじりと動きはじめた。ハルグリンとウェンディが力をふりしぼると、車輪は大石をこすって空回りし、そのまま上っていきかけたが、動きが止まり、元の位置へとまた落ちた。
「カザキン、もう一度!」ハルグリンは大声で言った。
さらに鞭音があがり、荷馬車はじりじりと動きはじめた。
「俺に合わせろ」ハルグリンは歯軋り混じりに言い、ウェントと共に全力をふりしぼった。またも車輪は大石の傾斜した面を登っていくが、今度は頂点を乗り越えて、すぐさま反対側に落ちこんだ。
ドワーフたちが歓声を上げる。しかし荷馬車が前向きに跳ねたため、ハルグリンとウェントはうつ伏せのまま、まわりを囲んだグリーンスキンどもに身をさらすことになった。巨大な斧が振り下ろされ、ハルグリンは脇に転がってそれを避けた。ハンマーを振り回しつつウェントを引っ張り起こすが、ゴブリンが槍で突いてきたので、ぐいと騎士見習いを引っ張り寄せた。2人はグリーンスキンどもに立ちはだかったまま、じりじりと荷馬車の方へ後ずさっていった。
ウェントが歯を見せて笑った。「ここからが英雄の仕事ですね」
「あんたの仕事じゃないぞ」ハルグリンはそう言い、相手を荷馬車の尾板へと押しやった。「あんたはあと2つ、騎士にふさわしい手柄を立てるのではなかったか?」
「しかし――」
グルンディがウェントの甲冑の襟をつかんで持ち上げ、荷台に放り込んで猪突を封じた。
「すまぬな、人間」ハルグリンが言った。「ここは俺の死に場所なのだ。俺だけが死ねばよいのだ」

オルニールから受け継いだ採鉱用ハンマーを高く持ち上げ、押し寄せてくるオークどもにふり下ろす。「さあ来い、緑色のけがわらしい豚どもめ!」ハルグリンは大音声を張り上げた。「いざ、俺と共に死ね!」
(第三章へ続く)




















